2003年08月08日

第2話 美術監督

pic2-1.jpg今回は三水館の美術監督とも言うべき木工作家の井崎正治さんをご紹介します。井崎さんは、三水館旧館時代からお付き合いいただいている作家さんで、新三水館建築にあたっては、デザイン面で大変助けていただきました。

細身の体からは考えられないようなエネルギーをもった方で、一体どこからそんな力がでてくるのかと、本当に不思議な感じがします。またギャラリーでも紹介していますが、井崎さんは木工作品以外にも、絵画、木彫作品なども手がけておられます。
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2002年12月01日

第1話 本館移築にむけて

「平成10年2月からスタートした三水館の建築計画は、平成13年9月のオープンをもって一応終了しました。場所を移しての建築で、しかも古民家の移築再生という仕事で多くの方々に沢山の良い仕事をして頂きました。「三水館の心」では三水館の移築再生に関わるお話をしてみたいと思います。


三水館は古民家を移築して創られています。厳密に言えば部材として使用したといった方が正しいかもしれません。本館は木曽福島の児野(ちごの)さんのお宅と松本から手塚さんのお宅を譲っていただきました。児野さんのお宅は150年程前に建てられた立派な蚕室造りの家で、一階が土間と家族の住居、家畜の小屋、飼料置き場、二階が蚕室になっていました。


昭和40年代位までは、木曽馬の「春風」と一緒に同じ土間のいろりの火を見ながら暮らしていたということです。ロビー・廊下にある通しの大黒柱、小黒柱は手塚さんのお宅にあったものです。手塚さんのお宅では既に3回位引越しされていますが、そのつど家を解体して材料を運んで再生しながら使ったそうです。ですから大黒、小黒柱は三水館で4代目の引越しになるそうです。


蔵は松本から移築しました。明治40年に建てられた檜作りのりっぱな造りで、ほとんど手をいれずに再生しました。1階は座敷、2階は板敷きの書庫として使われていました。江戸末期から明治末期にかけて当時の裕福な商人たちが、富をそそぎこんで競って蔵を作った時代があったそうです。その時代の最後の方の蔵の一つを今回三水館で移築再生して使用しました。


使われている建具や彫刻土壁等々当時の空気がそのまま残っているかのようです。時代を越えた職人達の丁寧な技をお楽しみ頂けると思います。さて、移築前のお話はこのくらいにして、次回は三水館のデザインを担当された木工作家の井崎正治さんのお話を掲載しようと思います。木工作品のほかにも絵画、木彫など幅広く活躍されていらっしゃる方です。どうぞご期待ください。
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